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*****  single collection 3  *****

♪♪♪♪  サザンの経歴(3)  ♪♪♪♪

<1980年代>
1985年

8月21日、23rdシングル『メロディ (Melody)』発売。

9月14日、8thアルバム『KAMAKURA』発売。

9月21日、ライブツアー『KAMAKURA TO SENEGAL サザンオールスターズAVECトゥレ・クンダ』スタート。アルバム発売から1週間後、『KAMAKURA』を引っさげてのツアー。

『KAMAKURA』で第27回日本レコード大賞 優秀アルバム賞受賞。

1986年

原の産休のため一時活動休止。その間は各個人ソロ活動を行う。

桑田はKUWATA BANDとして1年限定の活動を開始。サザンでは達成できていなかったシングルでのオリコンチャート1位を樹立するなどの活躍を見せた。

1987年

6月21日、4年半ぶりのバラッド第2弾、『バラッド2 '83〜‎'86』発売。内容の偏りなどからセールスは思わしくなかったが、こちらもオリコンチャートでは1位になっている。

1988年

6月25日、活動再開。24thシングル『みんなのうた』発売。

7月26日、サザンとして3年ぶりの、デビュー10周年を記念する野外ライブツアー『-真夏の夜の夢- 1988 大復活祭』スタート。

1989年

4月12日、25thシングル『女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)』発売。同曲と「Oh! クラウディア」「みんなのうた」のビデオクリップを収録したビデオも同時発売。

6月7日、26thシングル『さよならベイビー』発売。シングル初のオリコンチャート1位を獲得する。

7月21日、初のベストアルバム『すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61SONGS』を限定発売。西瓜を模した缶に4枚のCDと西瓜模様のトランクスとパンティーが入っている。なお、トランクスとパンティーは共にサイズや素材等が実用的でない。

11月21日、27thシングル『フリフリ'65』発売。

12月31日、『縁起者で行こう』以来のカウントダウンライブ『いっちゃえ'89 サザンde'90』を横浜アリーナで開催。サザンの曲も演奏したが、エルヴィス・プレスリーやビートルズ等の洋楽のカバーが大半を占めた、試行錯誤が垣間見えるライブだった。以降も同会場で、サザン・ソロ共にほぼ毎年ライブを開催し続け、“夏のサザン”だけでなく“年越しのサザン”というイメージをも定着させカウントダウンライブの先駆者となった。サザン以降、様々なミュージシャンがカウントダウンライブを行っている。

サザンのメンバー

<1990年代>

1990年

1月13日、9thアルバム『Southern All Stars』発売。初回限定盤と通常版を合算して、アルバムでは初のミリオン突破を超える売り上げを記録。

第4回日本ゴールドディスク大賞アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

2月28日、5年振りの全国アリーナ(屋内)ツアー『夢で逢いまSHOW』スタート。

7月25日、28thシングル『真夏の果実』発売。

9月1日に、Southern All Stars & All Stars名義でサウンドトラック『稲村ジェーン』発売。サントラアルバムとしては異例のミリオンセラーの売り上げを記録。

9月7日、桑田の監督作品『稲村ジェーン』公開。シングルカットされなかったものの、『希望の轍』が市民権を得る。

12月31日、年越しライブ『歌うサザンに福来たる』開催。TBS系にて全国ネットで生放送。

『真夏の果実』で第32回日本レコード大賞 ポップス・ロック部門 ロック・ゴールド・ディスク賞、最優秀ロック・ボーカル賞、作曲賞を受賞。『Southern All Stars』でポップス・ロック部門 優秀アルバム賞受賞。

1991年

第5回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更にサザンオールスターズ&オールスターズ名義で発売したサウンドトラック『稲村ジェーン』でロック・フォーク部門(男性)アルバム賞受賞。

7月10日、29thシングル『ネオ・ブラボー!!』発売。

8月14日、東名阪の野外スタジアムツアー『THE音楽祭 1991』スタート。ライブは新旧の曲をこれまで以上に多彩なアレンジで聴かせ、全35曲に及ぶ長丁場であった。この時期から関口が体調不良による休養でサザンの活動から一時離れる。

12月29日 - 31日、年越しライブ『闘魂! ブラディ・ファイト年越しライブ』開催。年越しライブと題されたものとしてはこの時が初めてで、更にこの年から大晦日だけでなく数日間の公演が開催されている。ロックとプロレスとの融合がテーマで、リングアナの紹介によるプロレスラー風のメンバー登場、辻よしなり・山本小鉄による実況解説、馳浩・蝶野正洋ら新日本プロレスによるライブ乱入など正にプロレスを思わせる演出であった。尚、このライブはTBS系での放送にもかかわらず、当時テレビ朝日アナウンサーであった辻が抜擢され、同局の「ワールド・プロレスリング」を思わせる演出であった事に辻は、TBSの懐の深さと、出演の為に声をかけてくれた桑田に感謝したと述べている。また中盤にはサザンとビートルズの合体メドレーコーナーも設けられた。

12月31日、NHK紅白歌合戦に原がソロ出場。出場が決まった時点ではシングル曲『じんじん』を唄うと発表されていたが、シングル曲以上に知名度が高い『花咲く旅路』が選曲され、原は着物姿でグランドピアノを弾きながら唄った。同日は横浜アリーナでのサザンの年越しライブもあった為、原は短時間での会場間の大移動であった。

1992年

7月18日、30thシングル『シュラバ★ラ★バンバ/君だけに夢をもう一度』、31stシングル『涙のキッス』を同時発売。オリコン史上初の初登場で1,2位を独占する。同時に『涙のキッス』がシングルで初のミリオン突破。

9月12・13日、コンサート『南天群星 北京で会いましょう』開催。2日間に渡り中国・北京で公演を行うが、初日公演では中盤で桑田が体調不良を訴え、一時中断で会場は騒然となったが、桑田が下がっている間、大森と小倉博和による即興ギターバトルや、原が予定には無かった、ぶっつけ本番の即興ピアノ弾き語りで『花咲く旅路』を唄うなどして乗り切った。2日目は体調万全でライブも無事成功。後日談では、松田・野沢も北京入りした時点で一時体調を大きく崩したという。関口はライブには不参加だったものの、北京に同行し客席からライブを観覧した。

9月26日、10thアルバム『世に万葉の花が咲くなり』発売。

10月14日、全国アリーナツアー『歌う日本シリーズ 1992〜1993』スタート。ツアー初日、アンコールの『夕方HOLD ON ME』で、暫く休養中だった関口和之が登場しタンバリンを叩きながら共に唄い、不仲説や脱退説などの噂を吹き飛ばした。

12月31日、『涙のキッス』で第34回日本レコード大賞 ポップス・ロック部門 ゴールド・ディスク賞を受賞。『世に万葉の花が咲くなり』でポップス・ロック部門 アルバム大賞受賞。

TBS系『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ「ずっとあなたに見てほしい 年末年始は眠らない」』にて、年越しのカウントダウンを挟み、デビューからの歴史を振り返る『ロック怪獣サザン伝説』が放送。

1993年

第7回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更に『涙のキッス』でベスト5・シングル賞を受賞。

3月27日、ライブビデオ『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992』発売。1982年に発売された『武道館コンサート」は一部抜粋のみの編集だった為、サザンとしては初めてほぼ全編を収録したライブビデオとなった。

7月21日、32ndシングル『エロティカ・セブン』、33rdシングル『素敵なバーディー (NO NO BIRDY)』を同時発売。『エロティカ・セブン』がフジテレビ系ドラマ『悪魔のKISS』の主題歌に起用され、当時の自己シングル売り上げトップを記録する。

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リーダーの桑田さん

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