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*****  single collection 2  *****

♪♪♪♪  サザンの経歴(2)  ♪♪♪♪

<1980年代>
1981年
9月21日、13thシングル『栞のテーマ』発売。
映画『モーニングムーンは粗雑に』の音楽監督をサザンオールスターズとして務め、『Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)』や『朝方ムーンライト』、『栞のテーマ』などが起用される。
10月25日、企画アルバム『SOUTHERN ALL STARS BEST』発売。後に『BEST ONE '82』としてジャケットのみ若干変更し発売されたが、内容は同一。
12月31日、『ステレオ太陽族』で第23回日本レコード大賞 '81 アルバムベスト10受賞。
1982年
1月9日、ライブツアー『愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82』スタート。
1月21日、14thシングル『チャコの海岸物語』発売。このシングルが大ヒットし、長らく続いたセールス低迷状態から脱出。
1月26日、同月9日から行われていたツアーの最終日、日本武道館公演で桑田と原が結婚を発表する。
5月1日、企画アルバム『Shout!』発売。
5月21日、15thシングル『匂艶 THE NIGHT CLUB』発売。
7月21日、5thアルバム『NUDE MAN』発売。ジャケットにおさめられたお尻の写真が、桑田のものではないかと話題になる。
9月8日、ライブビデオ『武道館コンサート』発売。同年1月26日に行われた日本武道館でのコンサートを収録。
9月21日、ライブツアー『青年サザンのふらちな社会学 ツアー THE NUDE MAN』スタート。アルバムタイトルを冠したタイトル。初めて年を跨いでのツアーで、現在でも最多の全57公演の長丁場であった。
10月2日、16thシングル『Ya Ya (あの時代を忘れない)』発売。
12月5日、初のバラードベスト『バラッド '77〜‎'82』発売。当初カセット盤のみのリリースだったが、このような企画盤としては異例のセールスと反響から後にCD化された。オリコンチャートでは登場週数100週以上に及ぶロングセラーになっている。
『チャコの海岸物語』で第16回全日本有線放送大賞最多リクエスト曲賞受賞。グループとしても最多リクエスト歌手賞を受賞する。
『NUDE MAN』で第24回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞、'82 アルバムベスト10を受賞。
12月31日、『チャコの海岸物語』で2度目の紅白出場。その中での桑田のパフォーマンスが物議を醸す。
1983年
1月26日、ビデオ『Southern All Stars THE BEST』『匂艶 THE NIGHT CLUB』発売。
3月5日、17thシングル『ボディ・スペシャルII』発売。
自主レーベル「TAISHITAレーベル」設立(原による命名)。
『いとしのエリー』が人気ドラマ『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)の主題歌に起用され人気再燃。またその他の曲も同番組の挿入歌に使用された。
7月5日、18thシングル『EMANON』、6thアルバム『綺麗』発売。
7月24日、「ALL NIGHT NIPPON SUPER FES. '83」に出演し大瀧詠一、RATS&STARと競演する。最後は「蛍の光」、「上を向いて歩こう」をセッションした。
10月24日、ライブツアー『SASたいした発表会 私は騙された!!ツアー'83』スタート。年を跨いでの公演。
11月5日、19thシングル『東京シャッフル』発売。
12月6日、企画アルバム『原由子 with サザンオールスターズ』発売。
『バラッド '77〜'82』が1983年度オリコン年間CTセールスチャート第1位を獲得。
『綺麗』で第26回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞、'83 アルバムベスト10を受賞。
12月31日、『東京シャッフル』で3度目の紅白出場。サザンとして最後の出場となった。

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1984年
6月25日、20thシングル『ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)』発売。
7月7日、7thアルバム『人気者で行こう』発売。この作品以降、発売した全てのアルバムでオリコンチャート初登場1位を記録。
日本テレビ系にて『サザンの勝手にナイト あ!う○こついてる』が全5回に渡り放送。すでに国民的バンドとしての地位を確立していたサザンと、三宅裕司、小倉久寛らスーパー・エキセントリック・シアター(SET)がおりなすコント番組。デビュー当時のような不本意で強制的な形ではなく、プロのアーティストとして音楽だけでなく完璧に作り込んだ笑いをも見せる余裕をアピールした。スタジオや舞台でのコント、三宅の楽器教室、『人気者で行こう』収録曲のスタジオライブや洋楽カバーの舞台ライブなど、様々なコーナーが人気を呼んだ。また、番組内で三宅は松田と共にツインドラムを披露するなど意外な一面を見せた。
7月20日、ライブツアー『熱帯絶命!ツアー夏「出席とります」』スタート。サザン初の野外スタジアムツアー。オープニング・アクト(前座)として、現在はサポートメンバーとしても知られる斎藤誠と、斎藤のサポートを務めた河内淳一・片山敦夫・今野多久郎・角田俊介らの在籍するバンド、STRIX!が出演。河内・片山・角田はこの時期に桑田と面識が出来たという。
9月、シングル『Tarako』のレコーディング・ビデオ撮影を兼ねて、約1ヶ月間ロサンゼルスへ渡る。
10月21日、21stシングル『Tarako』発売。
10月25日、ライブツアー『大衆音楽取締法違反 "やっぱりアイツはクロだった!" 実刑判決2月まで』スタート。タイトル通り翌年2月までのロングツアー。
12月21日、ビデオ『サ吉のみやげ話』発売。“サ吉”とはサザン、みやげ話とはロサンゼルスで行われたレコーディング・ビデオ撮影の事を指す。
『人気者で行こう』で第26回日本レコード大賞 優秀アルバム賞受賞。
12月31日、初の年越しカウントダウンライブ『縁起者で行こう』、新宿コマ劇場にて開催。もともと紅白のオファーがあったものを急遽キャンセルされたために行われたものとされ、現在紅白出場を実質拒否し続ける決定的な原因であると言われている。ライブにはSET、嘉門達夫、斎藤誠らも出演。
1985年
5月26日、22ndシングル『Bye Bye My Love (U are the one)』発売。

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