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<1970年代>
1975年頃
青山学院大学のサークル“Better Days”内で元となるバンドが結成。
1977年
アマチュアバンドのコンクールである「ヤマハEastWest'77」に出場し、桑田がベストボーカル賞を獲得。なおこの時の様子は他の出場者の曲と共にLPで発売され、その内サザンのナンバーは『女呼んでブギ』が収録された。
1978年
6月25日、ビクター音楽産業(現ビクターエンタテインメント)からシングル『勝手にシンドバッド』でデビュー。ファンはこのデビュー日を記念して、毎年6月25日を「サザンの日」と呼んでいる。ちなみに、この日はメンバー全員仕事が無かった。
7月31日、フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』に初登場。メンバー全員ジョギングパンツで登場し、視聴者に衝撃を与える。
8月25日、1stアルバム『熱い胸さわぎ』発売。
8月31日、TBS系『ザ・ベストテン』にスポットライトでライブハウスより中継で初登場。
11月25日、2ndシングル『気分しだいで責めないで』発売。
12月10日、初のライブツアー『胸さわぎ』スタート。
1979年
3月20日、ライブツアー『春五十番コンサート』スタート。全50公演にも及ぶ長丁場であり、アルバムのレコーディングもライブのリハーサルを掛け持ちしながらの過密なスケジュールのなか行われた。
3月25日、3rdシングル『いとしのエリー』発売。このシングルが大ヒットし、本格派のロックバンドという評価を受け始める。
4月5日、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』発売。これ以降すべてのオリジナルアルバムがオリコンチャートで初登場TOP10入りとなっている。
7月25日、4thシングル『思い過ごしも恋のうち』発売。
9月22日、ライブツアー『Further on up the road』スタート。
10月25日、5thシングル『C調言葉に御用心』発売。
11月25日、企画アルバム『ベスト・オブ・サザンオールスターズ』発売。
『いとしのエリー』がコーセー歌謡ベストテン年間チャートで1位を獲得。
『10ナンバーズ・からっと』で第21回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞受賞。
12月31日、『いとしのエリー』でNHK紅白歌合戦に初出場。

<1980年代>
1980年
楽曲製作に重きを置くためテレビ出演を控えるようになる。その流れで「FIVE ROCK SHOW」と銘打ち、シングルを5ヶ月連続毎月リリースする計画を発表した。
2月21日、6thシングル『涙のアベニュー』発売。
3月21日、7thシングル『恋するマンスリー・デイ』、3rdアルバム『タイニイ・バブルス』を発売。『タイニイ・バブルス』はオリコンチャートでサザンとしてはシングル・アルバム通して初のオリコンチャート1位を獲得する。更に、この作品から全てのオリジナルアルバムがオリコンチャート1位を記録している。
4月21日、本来この日にシングルがリリースされる予定だったが、レコーディング具合の関係などから延期される。
5月21日、8thシングル『いなせなロコモーション』発売。
6月21日、9thシングル『ジャズマン (JAZZ MAN)』発売。
7月5日、企画アルバム『Kick Off!』発売。
7月19日、ライブツアー『サザンオールスターズがやってくる ニャー!ニャー!ニャー!』スタート。タイトルは言わずと知れたビートルズの『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』をもじったもの。
7月21日、10thシングル『わすれじのレイド・バック』発売。
11月21日、11thシングル『シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー』発売。
12月5日、企画アルバム『アーリー・サザンオールスターズ』発売。
12月10日、ライブツアー『ゆく年・くる年』スタート。初の日本武道館公演を行う。
1981年
4月、原のソロシングル『I Love Youはひとりごと』が「歌詞が卑猥である」として放送禁止になり、横浜の日本ビクター本社ビル屋上で抗議のゲリラライブを行う。ビートルズのゲット・バック・セッションを意識した行動である。
6月21日、12thシングル『Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)』発売。 |